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佛教良書の紹介 「ちょっとお耳を」

巷には、良書といわれる本が満ち溢れていますが、仏教に関する著書となると、難解な専門書や宗派の教義に関するものなど気軽には親しむことが難しいものが多いのですが、実は本願寺出版(本願寺派)をはじめ多くの出版社から心に響く素晴らしい本が出されています。
このページは、毎月住職が選んだ各界の先達の珠玉の言葉を紹介します。

良書の基準としては
①あくまでも自分の体験や考えたことを通して、釈尊のみ教えを味わっていること。

②仏教や阿弥陀仏の教えを先達や知識(師匠)の導きの中で、新たに気付かされる境地を展開していること
 (読み応えや感動が伝わってくる本)

③高価でなく、手軽に購入できる本
 出版社名とその電話番号、時価をお知らせします。
 (現在の値段は各自お調べ下さい)

「ちょっとお耳を」

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あの古関裕而さんが「しんらんさま」を作曲していた

2020-08-13

今放映中の朝のNHK連続テレビ小説『エール』の主人公の古関裕而さんは、

朝ドラでは実名ではありませんでしたが、古関裕而さんは、福島市の大町に生まれ、幼馴染の野村敏夫(作詞家)・伊藤久男(歌手)と福島三羽烏として日本コロンビアレコードを拠点としてこれから大活躍をしていくストーリーになっています。    

実際彼は高校野球でおなじみの「栄光は君に輝く」を始め、「高原列車は行く」「六甲おろし」~阪神タイガース応援歌~「長崎の鐘」等数々のヒットソングを作曲し、昭和の音楽史に名を刻んで来られたことは皆さんもご存じのことだと思います。

ところが今回六月二十日号の本願寺新報で初めて知ったことですが、古関裕而さんが、あの懐かしい「しんらんさま」を作曲していました。昭和三十五年真宗十派で組織する真宗教団連合は、親鸞聖人七百回大遠忌法要にあたり「聖人を仰いで、強く明るく正しく生きる生活のうた」を作ることになり、滝田常晴さんの作詞に古関裕而さんの作曲多くの人に愛される仏教讃歌が誕生しました。

 更に昭和三十八年安芸教区登世岡主事の提案でココロンビアからレコード化されることになり、まだ若かりし島倉千代子さんが清々しく美しい声で歌っています。住職も家族や近所の子供達、婦人会の皆さんと一緒にこの歌を唄い、口ずさんだ思い出があります。

この度本山出版部では「日々のうた」の中にこの「しんらんさま」も収録してCDとして販売していますので、お盆や報恩講の時に皆さんと共に口ずさみたいと考えていますので、お楽しみにして下さい。

   そよかぜわたるあさのまど

   はたらくてのひらあわせつつ

   なむあみだぶつとなえれば

   しんらんさまはにこやかに

    わたしのとなりにいらっしゃる

念仏の真実に出遇える本 ~ばぁばぁの目はほとけさま~

2017-06-27
海野公子著 自照社出版 1500円
 
 はじめ、本の見出しを見たときには、子供向け童話の内容なのかと思いましたが読み始めると大変感動的で、念仏のみ教えに出遇い、真実の信心に目覚めていくことがこんなにひとの心を変え、育てられていく世界が広がるのか(これを回向といいます。)を生の体験と実践的な道を求めていく姿から、多くのことを学ばせていただきました。
 
 著者海野さんは、薬剤師のお仕事をしていましたが、実家の父が大腸癌で苦しむ様を看取ります。このことがご縁になって、長野教務所の近くで開かれていた「死に死を考える会」に入り、末期医療や緩和ケアに念仏者としてどのように取り組んでいけば実りあるものになるかを模索している本願寺のビハーラ研修に参加し、続いて中央仏教学院で念仏の教えを六年間の長い間求め、学び続けます。
 
①ビハーラでは、築地別院でビハーラに取り組んでいる女性医師の「宮崎幸枝さん」の存在を知り彼女の紹介で、YBAS「ヤングブディストアソシィェーション」に入会して、多く法友を得る。
※宮崎さんは、医者は坊主であれ!の信念で末期患者に対してだけでなく、医療に従事するものやボランティアにも(お浄土があってよかったね!と念仏が説かれる如来様の真実の心、願いに目覚めさせる活動をしています。詳細については、次回その著書とともに紹介います。
 
②長野教区の門徒推進委員になった海野さんは、仏教讃歌のすばらしさに目覚めて、讃歌衆として「響流シュルカ」を結成して教区や本山で讃歌のすばらしさを披露しました。
 
③一人暮らしの母親が、認知症になり、グループホームに入所することになりました。最初のうちは、家に帰りたがり、見舞いに行けば怒り顔で接しられて大変苦しみましたが、宮崎幸枝さんの著書「お浄土があってよかったね」を繰り返し読んであげたり、会えないときは仏教讃歌のCDを職員に懸けてもらったりしているうちに、穏やかな顔つきになり、念仏を心から喜んでくれるようになり、安らかな往生を迎えました。
 
④その後も門徒推進委員、介護審査会、ビハーラ、保護司と多忙を極めたが、ある朝右目と左目が二重に見えるようになって、医者に診てもらったら、若い時にも罹ったパセドゥー氏病が再発して、眼球の筋肉が固まってしまった。そこで彼女は今まで身体を酷使してきたことを反省して、治療に専念することにした。最初は「なんでこんな!」と愚痴っていたが、病床の上で今まで読みかけていた大切な本や友人から送られてきた法話のテープをじっくり聞いているうちに、あれもこれも、多くの役職を背負って来た時には気づかなかったことが見えてきた。
 
●この世に生まれてきた意味は、世間の物差しを手放さない限り、見えて来ない。阿弥陀さまはどんな状況でも、いつもいつもお慈悲の心で私を見守り、救いの両手を差し出して下さっているのです。
 
●今まで忙しい時には、なかなかできなかった築地本願寺でのご法話を病院でじっくり聴聞して、それを活字に起こす作業を思い立つ。海野さんは、その作業を通して私たち布教に携わる者にも大切な次のことに気づきます。
 
●「今までのご聴聞は、レストランで言うとメニューだけを見て、ご馳走を食べてもいないのに「ああだ。」「こうだ。」と批評をしているようなもので、実際に味わってもいないのに、人の受け売りで話していることが多かったように思える。今病になって、み教えの一語一語をしっかりと手に取って一味一味をかみしめていただいていきます。」
 
●布教の大切さは、仏教の教義もさることながら、それを伝える『人となり』が大切であると思うようになりました。
 
●聴聞のありがたさは、み教えの確かさ、阿弥陀様のお慈悲の真っただ中に出遇えている幸せに気づかせていただくことである。
 
 まさに珠玉の言葉ですが、この本には、まだまだ信心の喜びと法友たちと念仏を通して出遇えた心の交流の足跡が綴られています。どうぞご一読ください。遇法の輪は、限りなく広がっていきます。
響流十方とは
 言葉の意味が分からなくても、漢字を見つめてつぶやいてみましょう。 何か清らかな響きが広々とした空間に流れてきませんか。
 
 仏説無量寿経の中に伝えられているこんなお話があります。
遠く果てしない昔、インドに一人の修行者がいました。ある日のこと、師と仰ぐ仏様の光輝くお姿に、感動して詩を作り、覚りを得たわが師のお声は宇宙のすみずみに響き渡りますと讃えました。 そして私も師のような ほとけさまになろうと誓い、長い修行の末に阿弥陀というほとけさまになり、美しい音に満ちた光の浄土を建立しました。

《「お念仏の心」~阿弥陀経に聞く》 ●岩手願教寺様での御法話要約

2017-04-18
 本日はお彼岸の中日に当たりますが、お彼岸とは、昼と夜の長さが同じで、あの世と一番近い日なので、地獄の釜も開いて、ご先祖を供養する日と考えている方も多いと思います。
 しかし、お釈迦様の教えでは、その眼目とする所がまるで違います。いったい、何がどのように違うのかを本日は、浄土三部経の一つである「阿弥陀経」に説かれてあることを中心にお話しさせていただきます。
【1】阿弥陀経に説かれている此岸とは
 阿弥陀経本論(正宗分)の締めくくりには、釈尊は、十方のあらゆる諸仏から、「この五濁悪の世に成就することも衆生が信受することも甚だ難しい中で、能く尊くこの上無い大菩提心を得ることのできる念仏の教えをお説き下さいました。」と称賛されていますが、阿弥陀如来の御本願の回向力の働き(衆生の心を『清浄』『歓喜』『智慧』の心を育てる力)を持つ念仏によって、此岸の五濁悪の世の拠りどころとする煩悩を捨て去り、仏の智慧による観る価値観に転換させられる世界が顕れて来ると説かれています。
 此岸とは、自分の都合の善し悪しを価値として、分別して見える世界で、虚妄分(こもうふん)別(べつ)の世界と呼ばれます。その迷いの原因は、五濁悪世(※本文末尾註参照)と言われる時代や環境によって影響され、かつ私たち衆生の心に根付く煩悩によって、執着したり、怒ったり、迷ったりして考え方を捻じ曲げる偏見に陥ってしまうことで、正しいものを見出せず、更にそれを原因として、誤った行為、これを五逆、十悪と呼ばれる悲しい結果を引き起こしている。釈尊はこのような私たちの世界を諸行無常・一切皆苦と呼びました。
 親鸞聖人は、このような私たちの虚妄分別の根は著しく深く、たとえ菩薩行の六波羅蜜(布施、忍辱、持戒、精進、禅定、智慧)の実践(※本文末尾註参照)により成仏を目指しても、自力の心(自分の欲得や手柄を当てにして仏道を修めようとしている考え)に立つ以上、驕慢心や懈怠心、罪福心などのより深い煩悩に苦しむことになると自らの求道生活の反省から見極めています。
【2】阿弥陀経に説かれているお浄土とは
①弥陀仏の今現在説法の世界
阿弥陀仏のお浄土の煌びやかで明るく美しい諸荘厳の様子。この浄土に生まれる人は、天楽と六鳥の美しい声や姿に囲まれている清らかで尊い宝池の中の朽ちることなく咲きほころびる青、赤、黄、白色の蓮華の花の元に誕生するといわれ、この世界は、自然に五根が清められ三悪道の煩悩が破られ、八正道が実践され、仏・法・僧の三宝に皆が帰依している世界であると説かれている。

A・つまりお浄土の持つ強い力(浄業)で、全ての煩悩を離れて大菩提心を成就することが出来る世界である。
 
②阿弥陀仏は、
ア、光明無量(清浄、歓喜、智慧による真実が具現された仏)であり、
イ、過去現在未来の一切の衆生を誰一人漏らすことのなく救い取り、末通って必ず浄土で仏にさせてくれる意思と力を持っている無量の寿命の仏である。

B・阿弥陀仏の浄土に生まれる衆生は、阿鞞跋致(あびばっち) (菩薩の不退転) の位につき、次の世には弥勒と等しく仏 (一生補処) になることが出来ると説かれる。
【3】念仏の勧め
C・自力の念仏や福徳(少善根)を因縁にしては、往生は不可である。
 娑婆世界の善男子、善女人は、「この阿弥陀仏の本願の誓いを聞いて南無阿弥陀仏の名号を執持して、一心に称えれば、体失後即時に浄土に往生し、仏になることができるので、かの国に生まれたいと発願して、念仏申すべきであると説いている。」
※この段は、古来「来迎思想」と自力念仏が説かれているものとされてきたが、このお経では、引き続き、「不可為少善根福徳因縁」と説かれている。
 私たち人間の煩悩にゆがめられた有漏な力では、阿弥陀仏のお浄土に往生する清らかな種にはなることが極めて困難であること。たとえば、驕慢心・懈怠心・疑蓋心等によって妨げられる。
 阿弥陀仏の方から円融至徳の名号を与えて下さっていることに二心無く信受して、念仏する以外に往生の道は無いと聖人は説いておられるのです。  
 ◎ナムアミダブツのお念仏は、弥陀招喚・釋迦発遣の呼声であり、「必ず救う、そのまんま来いよ。」と誓って下さる言葉なのである。
◎自分の手柄を当てにして称える念仏とは次元が異なっている。他力本願の念仏
【4】この経が真実であることの証拠、証明
●釋迦遺教(一代の結経)。●出世本懐の経 ●無問自説の経と言われている。
①この経は、釈尊と六方の諸仏がその素晴らしい功徳を讃嘆し、且つその教えが真実であると全ての世界の仏方が証誠している。
②また、この経は、五濁の悪世界に喘ぎ苦しんでいる衆生を念仏によってお浄土に救い取り、この上ない悟りを成就させてくれる難信稀有の念仏の教えが説かれている。この経を信じる衆生を一切諸仏が護り、大切に育ててくれているので「所護念経」と言われるので、これを信じ、念仏申すべしと教えている。
③この経の結語として、舎利弗も一切の比丘も天人も阿修羅たちも、釈尊のこの念仏の教えを聞いて、心から歓び、釈尊に最上の敬意と感謝を表した。という結びになっている。         
 
※出家者も天人も血で血を洗う争いに明け暮れる阿修羅も誰一人漏らすことなく浄土の救いの対象の中に籠められていることを知り、念仏の教えに救われ、歓んでいる姿が述べられており、他力本願の念仏のみ教えの尊さが描かれている。
◎また、お浄土が五逆十悪の人も全て回向して、菩提心を育て、成就させる力を持つが故の救いの宣言であると受け止められる。

「妙好人のことば」法蔵館出版 梯實圓(かけはしじつえん)著 1500円

2017-01-11
日本の仏教、特に禅宗の奥義を世界に知らしめた鈴木大拙先生が、後に大谷大学で教鞭をとられ、浄土真宗に花開いた妙好人と呼ばれる在野の凡夫の人たちの生き方に出あい、大変感動それました。彼らは、僧侶でもなく、仏教の専門的学問を受けた者でもありません。ただ念仏の教えを聴聞することによって、白蓮華のような信心を花開かせました。
その言葉は、修行を重ねて到達した悟りの言葉よりも、さらに主体的に自分の生の生活体験の中で仏法の教えを通して、思索された珠玉の言葉が記録されていました。大拙先生はそれをまとめて、著書「日本的霊性」として世界に発表されまして大変注目を集めました。
その妙好人の逸話と考え方を再吟味して分かりやすくこの書籍まとめられたのが、本願寺勧学寮頭(西本願寺を代表する宗学の最高権威者)でありました梯實圓先生であります。梯先生は、学問には厳しく、厳密な研究姿勢を信条としておられましたが、その著作物は難しい用語や言葉は一切省いて、万人が安心して読めるような配慮を怠りませんでした。一方、「妙好人のことば」では、在野に妙好人をお育てする勝れた布教使、説教者が活躍していたことを調べて、彼らの逸話や説法も紹介しています。
 
《妙好人伝に取り上げられている人々》
○大和の清九郎
○三河のおその
○六連島のおかる
○讃岐の庄松
○因幡の源左
○浅原才市
《名布教使》
○日渓法霖
○香樹院徳竜
○一連院秀存
○原口針水
○利井鮮妙
以上、念仏の教えを体験的に知りたい方は、是非一読して下さい。

み仏様との日暮を

2016-11-10
 
ご自身の信仰をキリスト教から浄土真宗へと転じていかれた萩女子短期大学の名誉学長であられる河村とし子先生をご紹介したいと思います。
 先生は兵庫県明石市の、敬虔なクリスチャンの家庭に生まれ、地元の学校を卒業後、東京女子大学に進まれます。
 そこで今は亡き夫、河村定一さんと知り合われ、生涯クリスチャンとして生きるということと、夫の実家で暮らさなくてもいいということを条件に結婚されます。

 ところが、戦争が次第に激しくなり、空襲を避けるため夫を東京に残し、子供二人を連れて、夫の実家に疎開されるのです。
 実家は山口県の萩市にほど近い山間の村にあり、年老いた両親が家業の農業を営んでいました。

「こんな思いがけないところに来たのはキリスト教を広めよという神様の思し召しに違いない」と思い込んだ先生は、クリスチャンとしての使命を果たすべく、その日から毎晩のように両親の部屋へ出向いてはキリスト教の教えを説き始めるのです。

 夫の両親は、嫌な顔もせず「そうか、そうか」とニコニコしながら彼女の話を聞いてくれたそうです。

 そういう日が続いていくうちに、先生の心の中に微妙な変化が起こるのです。

 それは、四人の子供を立て続けに亡くされたにもかかわらず、両親の生活からはその暗さやわびしさが全然感じられないのです。しかも、都会育ちで田舎の習慣になじもうとしない彼女のような傲慢な嫁に対して両親は本当に親切にしてくれるのです。

 さらに驚くべきことに、田舎の生活には珍しく、日の良し悪しや、占い、まじないといった迷信めいたことが全くなく、河村家の家訓として代々言い伝えられてきたことが、人間として一番大切なことはお寺に参って仏法を聴聞することだというのです。
 そうして、「仕事は聴聞のあまりがけですればいい」というのです。

 このような、仏さまを中心に穏やかな日暮らしを続ける両親を見ているうちに、お寺というのは一体どんなところなんだろという思いが生まれてきたのです。

 そこで先生は好奇心も手伝って生まれて始めてお寺を訪れることになるのです。

 その時のお説教が、「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」というものでした。

 これは、阿弥陀さまの救いの目当ては善人ではなく悪人だという、浄土真宗の教えの要になるお話です。

 これまで、善人は救われるが、悪人は裁かれると、キリスト教で教えられてきた先生にとって、初めて聞くこのお話は大きな驚きでした。しかし、その話全体を通して何ともいえない感動を覚えたのです。

 このことがきっかけになり、先生は次第に仏教の勉強を始めるようになりました。

 特に、クリスチャンとして守るべき戒律を中々守れないことに矛盾を感じていた先生にとって、自分の浅ましい心をごまかさず赤裸々にさらけ出していかれた親鸞聖人という方に、何ともいえない安堵感を覚えると同時に、強く惹かれるものがあったのです。

 何としてもこのお念仏の道を極めたいと、方々のお寺に聴聞に出かけました。

 しかし、その道は決して平坦なものではありません。聞けども聞けども心の底からうなずけるまでには至らないのです。
 純真で一途な先生は、いっそのこと離婚をして、家を出てでも、このお念仏の道を求めていきたいと両親に願い出たこともありました。

 そんな時、両親は「聞きたいという気持ちが起こったということは、もう仏さまのお手の中に抱かれているということだから、ともかく家のことも子供のことも一切私たちに任せて、気の済むまで、日本はおろかどこまででも行ってお聴聞してくるがいい」と励ましてくれたのです。

 こうして懸命に道を求める先生に、ついに仏さまのお心に出遭う時が来るのです。

 その時のことを次のように語っています
「いつものように理屈をこねながら聞いておりました私が、今まで思いもしなかったことに気付いたことがあります。
  自分が生きて自分が求めて、自分がこうして苦労しているんだと思っておりましたこの私というものが、自分で生きているんじゃない、人間を超えた大きな大きなおかげさまで生かされている私だということに、フッと気付いた瞬間があります。

 本当にそれは瞬間なんです。

 ところが不思議でならないのはお念仏を唱えることが大嫌いだった私が、その時全く無意識のうちに「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と声に出してお念仏を唱えていたのです。

 そうだったのか、呼ばれている身だったんだ、願われている身だったんだと、その時はっきり気付かせていただけたんです。その日は家に帰る道すがら、深い感動に襲われ涙が止まりませんでした」

 まさに、聞かさずにはおれないという阿弥陀さまのお心が、しぶといしぶとい彼女の心に至り届いたのです。
こうして見事な回心を遂げた彼女はさらに次のように語っています。

「その日を限りに私がありがたい人間に変ったのかと言いますと、私自身はちっとも変わってはいないのです。傲慢でもあり、不遜でもあり、どうにもならない浅ましいものを抱えていることにはちっとも変わらないのです。

 けれども、その私にお念仏が出て下さることによって、のど元まで怒りがこみ上げた時には、我慢せよと慰めて下さる。道を間違いそうになった時には、危ないよと呼んで下さる。悲しみのどん底にある時には、共に泣いている親があることを忘れるなよと呼んで下さる。

 そんな、阿弥陀さまの呼び声であるお念仏によって導かれていく日暮の安らかさというものを、私は知ることが出来たんです。本当にみ仏さまに出遭わせていただいたというのはそのことだと思います。」

 これが信心を頂いた念仏者の日暮らしというものです。
 よくよく味わっていただきたいと思います。

 こうしてクリスチャンから念仏者へと転じていかれた先生は、来し方を振り返り 次のように語っています。
「私の人生で最もありがたかったことは姑(河村フデ)との出遭いでした。
一字の読み書きも出来ない母でしたが、阿弥陀さまにすべてをおまかせすることを、身を以って教えていただいた方でした。決して説教じみたことや押し付けがましいことを言う人ではありませんでしたが、母は私を教化下さるために、この世に出てこられた仏さまではなかったかと思います」
「人は人によって育てられる」と言いますが、ことに仏法はその真理を体現した人を介さなければ決して伝わりません。
 それだけに、そのような人(仏法の体現者)との出遭いが極めて大事なことになるのです。
 相田みつをさんの詩に次のようなのがあります。

 そのときの出逢いが
 その人の人生を
 根底から変えることがある
 ・・・
 ・・・
 人間を根底から変えてゆくもの
 人間を本当に動かしてゆくもの
 それは人と人との出逢い

 まことにその通りだと思います。
 しかも、その出遭いの背後には、無限の過去からの無量無辺のご縁が、はたらいていたことを思う時、「遠く宿縁を慶べ」という親鸞聖人のお言葉をあらためて思い起こさずにはおれません。


★『たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ』……たまたま偶然にも、お念仏のみ教えを喜ぶ身にさせて頂いたならば、それは我が思いを超えた遠い遠いはるかな昔からのご縁があったのだと心から慶ぶべきです。
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TEL:024-542-4306 FAX:024-573-6650
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